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大阪高等裁判所 昭和63年(ネ)696号 判決

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年三月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示と同じである(ただし、原判決三枚目裏一行目の「話し」を「話」に、六行目の「かけい」を「よけい」に、七枚目裏三行目の「被むつ」を「被つ」にそれぞれ改め、同七行目の「すなわち、」の次に「被控訴人は、」を、八行目の「返還」の次に「を」を加え、八枚目裏一二行目から一三行目の「代金を交付した」を「代金の交付を受けた」に改める。)から、これをここに引用する。

(控訴人の主張)

一  豊田商事の組織と経営実態

1 豊田商事の設立から倒産まで

豊田商事は、昭和五六年四月に大阪市北区の大阪駅前第三ビルに本店を置いて設立され(代表者亡永野一男)、当初は国内私設先物市場における金先物取引の受託業を行っていたが、同年九月に金地金が商品取引所法二条二項の政令指定商品に指定され、私設市場における先物取引が禁止されるに及び、同年夏ころから純金ファミリー証券及び白金ファミリー証券(以下、両方をまとめていうときは単に「ファミリー証券」といい、その契約を「ファミリー契約」という。)の販売を開始した。そして、豊田商事は、同証券の販売を始めてから以後急速に膨張し、支店、営業所及び従業員が急増し(昭和六〇年二月時点で、支店及び営業所五九か所、従業員数七四四五人と称していた。)、これに伴って顧客から集めた金員も急速に増加し、その総額は、昭和六〇年六月の倒産時までに約二〇二〇億円にも達した。

しかし、豊田商事の経営実態は後記のような自転車操業であったため、負債が雪だるま式にふくれ上がったうえ、昭和五九年初ころにはファミリー契約の違法性が広く指弾されるようになったことなどから、次第に経営危機に陥り、銀河計画株式会社等の関連会社設立による切抜け策も功を奏さず、昭和六〇年六月一八日に豊田商事グループの総帥であった永野一男が刺殺されるに及んで一切の営業活動を停止し、同年七月一日には、大阪地方裁判所から破産宣告を受けるに至った。

2 豊田商事の経営実態(豊田商法の違法性)

(一) 契約獲得の方法

(1) まず、テレフォンレディーと呼ばれる電話係を大量にかつ破格の好条件で雇用し、無差別に電話を掛けさせて見込み客の当たりをつける。

(2) 次いで、少しでも関心を示した客の所に営業社員(セールスマン)を送り込み、同社員が予め研修を受けたところに従って金の利点を強調し、執拗に金地金の購入を勧める。そして、客がその気になると、今度は「金を自宅に保管していると盗難、紛失の危険があるし利息もつかない。」、「金地金を当社に預ければ、年一割又は一割五分の賃借料が前払いされますし、期限が来れば現物を持って来るから、賃借料と金地金の値上がりで二重に儲かります。」などといって、ファミリー契約にするように巧みに勧誘し、金地金の代金と引換えにファミリー証券を顧客に渡す。

ここで重要なことは、豊田商事ないしはその営業社員は、当初から専らファミリー契約の締結を目的として勧誘行為をしていたのであって、金地金の売買契約というのは、顧客に「自分は金地金を購入し、その金地金は豊田商事に保管されている」という誤信を抱かせ、ファミリー契約の締結を容易にするための手段にすぎなかったということである。すなわち、営業社員の歩合給の算定方法において、ファミリー契約については実受入れ金額(導入金額)の全額(五年もの)又は二分の一(一年もの)がその算定基礎とされていたのに対し、単なる金地金の売買契約に止まった場合には、売買手数料の額(売買代金の二ないし五パーセント)のみが算定の基礎となるにすぎなかった。

(3) 豊田商事は、各市内の一等地に事業所を構え、豪華な内装、造作を施していたが、それらはみな顧客を安心させてファミリー契約に応じさせるための道具立てであった。すなわち、営業社員が見習期間中であったり、そうでなくても顧客が契約締結を渋る場合には、事業所にその客を連れて来させ、右のような豪華な雰囲気の下で、ベテランの上司が長時間にわたる巧妙な勧誘を行い、ファミリー契約の締結に持ち込む。

(4) 以上のとおり、豊田商事は組織的かつ大々的にファミリー証券の販売を推進していたのであり、各従業員は豊田商事という組織体の重要な一員としてそれぞれの役割を積極的に行っていたのである。

(二) 豊田商事の財務内容

前記のとおり、豊田商事が倒産までにファミリー証券の販売によって顧客から集めた金員は総額で二〇二〇億円にも上るが、顧客に対する説明とは異なり、同社は、右金員に見合う金地金を全く保有していなかったのみならず、右金員の安全確実有利な運用先も全く有していなかった。

すなわち、破産管財人の第一回報告書によれば、豊田商事は、顧客から集めた右の二〇二〇億円のうち約五五〇億円を金地金の償還、解約金、賃借料名義で顧客に返還しているが、残りの一四七〇億円のうちの約六〇〇億円は、法外な給料、歩合として従業員に分配されており、これを含む販売費及び一般管理費の総額は八六〇億円(総売上の四二・六パーセント)にも及んでいる。そうすると、豊田商事は、残る六一〇億円を運用して、一四七〇億円の預かり金を返還したうえ、これに年一〇ないし一五パーセントの賃借料を支払わなければならなかったということになるが、それが実現できるだけの高収益を挙げ得る投資手段が存しないことは自明であり、したがって、豊田商事のファミリー契約商法は、経済行為としては絶対に成り立ち得ないものであった。

以上の実情を一言でいえば、豊田商事はいわゆる自転車操業を行っていたのであり、顧客に対して約定どおりの賃借料を支払ったうえ、期限に償還すべき金地金の購入代金を調達することが不可能であることは当初から予測され、いわば破綻の必然性を内包する会社であった。

豊田商事は、右のような財務内容を隠すために異常な努力を払い、会計書類等の提出を拒んできたが、昭和六〇年五月に負債四〇〇億円の決算書の存在が明るみに出され、前記のように、永野刺殺、破産宣告へと破局への道を進んで行った。

二  被控訴人の行為の違法性について

1 組織的詐欺行為の分担としての被控訴人の行為

豊田商事のファミリー契約は、いわば会社ぐるみで実行していた組織的詐欺行為である。それは、詐欺行為を組織的に遂行しているという面と欠陥商品の販売という面とに分けて考えられる。

(一) 被控訴人を含む営業社員は、顧客宅を訪問して、まず、金の三大利点(換金性、無税、確実な値上がり)を強調して購入を勧め、さらにファミリー契約を勧め、勧誘が難航すれば会社に電話して応援を求め、あるいは客を会社に同行し、預貯金の解約を代行し、書面を作成する等の実行行為そのものを分担する形で組織的詐欺行為に関与する。最後の売り込みが難航しているときの打開策のため、あるいはさらに追加契約を取りつけるため、支店等の事業所に客を同行し、同所で上司、同僚とともにファミリー契約に勧誘するというやり方は、その組織性を物語るものである。

(二) 被控訴人が勧誘したファミリー契約は、まず、売買の対象たる金を売主である豊田商事が保有していなかったという点並びに金の売買を仮装して金員を集めるという現物まがい商法であるという点で、欠陥商品の販売に該当する。

控訴人は、豊田商事が金を保有しており、したがって、契約により金の現物が自分の所有になると信じて本契約の締結に至ったものであるが、現実には金の現物はなかったし、豊田商事はそれを交付する意思も能力もなかった。

さらに、控訴人は、ファミリー契約の満期には金を返還してもらえると信じて同契約に応諾したものであるが、豊田商法が早晩破綻を免れない存在であったことは前述のとおりであり、返還の見込みが極めて少ないものである点も、被控訴人が販売した商品の欠陥に当たる。

2 被控訴人の勧誘行為の社会的許容範囲の逸脱

(一) 本件勧誘行為の違法性を判断するうえで商品取引所法九四条が一つの基準になると思われるが、これを受けた商品取引員の受託業務に関する取引所指定事項2によると、不適格者の勧誘を禁止している。

その不適格者としては、〈1〉恩給・年金・保険金等により主として生計を維持する者、〈2〉長期療養者及び身体障害者、〈3〉主婦等家事に従事する者等が例示されているところ、本件では〈1〉及び〈3〉に該当する控訴人を勧誘している点で違法性が問題になる。

(二) 被控訴人らが本件勧誘の際に用いたセールストークは、〈1〉金は買ったら儲かり損はしない、〈2〉他に預けるよりも得である、〈3〉ファミリー契約は金利が大変よい、〈4〉豊田商事は田中貴金属に負けないくらい大きい会社である、の四点であるが、これらはいずれも事実に反するか、誇張である。

まず、金は価格変動が大きく、大幅に下がることもあるから右〈1〉のトークは虚偽であるし、〈2〉のように銀行預金等と比較することはそれ自体不当であり、また、豊田商事は大きい会社であるというのは、信用しても大丈夫ということであるが、これも前記のとおり早晩破綻を免れない会社というのが実態であったのであるから、事実に反する。

(三) 被控訴人は、右のように虚偽あるいは著しく誇大なトークを用いて控訴人をファミリー契約に勧誘したものであるが、それは長時間に及ぶ執拗な勧誘であった。最初の契約の日の勧誘は、控訴人宅に上がり込んで来て極めて長い時間居続けたのであり、その後も、豊田商事倒産直前の昭和六〇年四月末まで同じように実に長時間にわたってファミリー契約に応諾させている。被控訴人は、その都度前記と同様のトークをして控訴人を安心させ、結局、ファミリー契約の代金名下に控訴人の所持金全額を騙取したものである。

金地金の販売においては、日用雑貨等の販売と異なり、営業社員と顧客との駆引きや顧客の知識、判断に委ねるのではなく、販売する側が客に正しい知識と判断の機会を与えなければならないと考えられており、それが業界の常識とされているところ、右の勧誘行為は、明らかに虚偽の事実を申し向けかつ執拗に勧誘している点で、著しく社会的許容範囲を逸脱している。

仮に、欠陥商品ではなくまともな商品のセールスであっても、右のような方法で勧誘することは、それ自体違法であるが、前述のような欠陥商品の販売を違法な手段を弄して行ったという点で、被控訴人の勧誘行為の違法性の程度は重大である。

三  被控訴人の故意、過失について

控訴人は、被控訴人の不法行為責任を、〈1〉営業活動を含めた豊田商事の商法自体が組織的詐欺商法であって不法行為となるのであり、被控訴人は、豊田商事の従業員としてこれに加担したことにより共同不法行為責任を負う(以下「加担責任」という。)という面と、〈2〉被控訴人が控訴人に対して行った一連の勧誘行為が社会的相当性の範囲を逸脱し不法行為となる(以下「勧誘責任」という。)という面の二つの側面から主張している。右の両者が両立し得ることは明らかであるので、以下、それぞれについて故意、過失を考える。

1 加担責任について

(一) 既に詳しく述べたように、豊田商事の商法は組織的詐欺商法であって、強度の違法性を持つものであり、被控訴人がこの組織的詐欺商法の実行行為を分担していたことは客観的に明らかである。すなわち、豊田商法は、金地金の販売に名を借りて顧客を誘引し、ファミリー証券を販売することによって金員を騙取するもので、その顧客の誘引段階を被控訴人ら営業社員が分担していたのである。なお、豊田商法が決して金地金現物の売買ではなくファミリー証券によってその商法が成り立っていたことは、被控訴人も十分知っていた。現に、被控訴人においても、すべてファミリー証券が手元にあるだけで現物はなく、被控訴人の勧誘の結果がファミリー証券になることを知り、容認していたのである。また、現物を渡す場合にはその代金額は歩合給算出の基礎である導入金額に算入されず、ファミリー契約の場合にはその代金全額が導入金額として算入されていた事実も、被控訴人の認識を裏付けるものである。

(二) この加担責任において主観的要件の対象は豊田商事の商法である。ここで豊田商事の商法というのは、同社の具体的な破綻状況にある経理内容や金地金の正確な保有量等全体的、詳細な内容を意味するものではなく、これらの事実を推認させる事実を認識しておれば十分であるというべきである。控訴人は、次の(三)の諸事情から、被控訴人が豊田商事の商法につき十分に認識を持っていたと確信するが、仮に百歩譲ってそうでないとしても、過失があったことは明らかである。

被控訴人に詐欺商法であることの認識がある場合には、勧誘行為自体には社会的相当性を逸脱するところがなくとも、責任を問われることになるのは当然であるが、万一、被控訴人に詐欺商法であることの認識が欠ける場合であっても、本件における「具体的事例に即しての普通人の注意義務」は相当高度である。すなわち、〈1〉被控訴人らは、自らの利益のために無差別電話勧誘をはじめとする訪問販売を業として行っており、〈2〉その販売する商品は、小額の消費物資等ではなくて高額の(形式上は)貯蓄ないし投資商品であり、〈3〉控訴人は、通常社会的弱者と評されるべき六六歳の無職の老女であることからすると、およそ訪問販売に従事する営業マンが、その商品の内容、商品提供会社の概要等取引の判断に必要な正確な情報を提供すべき義務があることは当然として、それ以上に一層高度の注意義務があるといわなければならない。

(三)(1) 被控訴人が豊田商事に入社したのは昭和五七年一月であって、その時期は、豊田商事がいわゆる金地金の私設先物市場を舞台とした先物取引により多くの被害者を出して訴訟等により責任を追及され、その矛先をかわすためファミリー証券商法を開始してから半年しか経過していないころである。

そして、当時はそのような事情から支店、営業所もなく、規模も小さかったため、弁護士らが集団交渉等に会社へ赴いたりした事態を被控訴人も十分に知り得た筈である。もちろん、金地金の私設市場による先物取引被害は当時マスコミ等で取り上げられることも多く、豊田商事が社会的に指弾されるような営業をしていたことは知り得たのである。すなわち、被控訴人は、後述のように入退社が極めて多く定着率の低い豊田商事において、最も長く在籍した者の一人であり、豊田商事が巨大化する以前の状況から知っているのである。

(2) 豊田商事の商法については、早期から極めて多くのマスコミ報道があり、国会においても、被控訴人が入社した昭和五七年から既に取り上げられていた(同年四月二七日の第九六回国会衆議院商工委員会)。昭和五八年夏ころまでは「T商事」といった匿名報道であったが、そのころにおいても、被控訴人ら従業員は、その内容が自社のことであるのは一読しただけで理解できたであろうし、まして、昭和五八年夏以降は実名で報道されてきたのである。

豊田商事の上司らがその都度従業員を前にして豊田商事を信用するよう説明したとしても、何ら具体的なものではなく、そのような説明を聞いただけをもって事実認識の注意義務を尽くしたとはとうていいえない。新聞社あるいは各地の行政窓口、弁護士会等へ電話しさえすれば、その問題点を極めて容易に確認し得る状況であったし、そうでなくても、じっくり考えさえすれば、その疑問点に十分気付いたはずである。

とくに、被控訴人は、自宅では読売新聞を購読し、また通勤車内では日経新聞に毎日目を通していたというのであるから、前記各報道に触れる機会は嫌というほどあった筈である。さらに、被控訴人は、実際にそのうちいくつかの記事を目にしたことを認めている。被害者による差押の事実については見る気もしなかったといっているが、少なくともその記事の存在そのものは知っていたことになる。

(3) 豊田商事は高額の給与等で求人募集を繰り返していたが、これにより入社した者の多くが講習期間中に辞め、さらに三か月もたてば、新入社員の大部分が豊田商事の商法に疑問を感じ、あるいは違法性に気付いて退社していくのが実情であった。こうした異常な状況の中で営業社員として残っている者は、給与及び歩合給の高額さ故に、右のような問題にはあえて目を閉ざしていたのである。

(4) 被控訴人のように、最も古くから存籍して営業活動を続けていた者が、こういう実情を認識していなかったということはあり得ない。さらに、金員を騙取することに慣れてしまった異常な感覚が従業員の中に蔓延していたことは、その後社会問題となり、あるいは刑事事件として立件された豊田商法の類似商法や抵当証券商法に、豊田商事の元従業員が多数関与した事実からも推認できよう。

(5) ファミリー証券は、既に述べたように、一年もので一〇パーセント、五年もので一五パーセントという高率の賃借料を客に支払い、かつ満期には元金全額(ないしは契約した量の金地金)を返還することを内容としている。つまり、基本的に、顧客からの出損金に加えて、この賃借料が豊田商事の負債となるものである。一方、被控訴人ら社員には、客からの支払額を基準にそこから歩合給が支払われる。もちろん、課長、部長等も歩合給を取るのであって、その歩合給の率の高さ及び固定給を考えると、借金の中から高率の経費が支払われていることになる。

したがって、豊田商事の商法は異常な運用益を毎年続けないと成り立たない商法であるということは、誰が考えても明らかなことであり、被控訴人としても十分認識し得たのである。

ちなみに、被控訴人は、昭和五九年一二月から昭和六〇年四月までの五か月間に、毎月三〇万円の固定給与のほか合計一三三万円の歩合給を得ていた。

2 勧誘責任について

控訴人に対する被控訴人の一連の勧誘行為は、前記のようにそれ自体で公序良俗に反する違法行為であり、この場合、被控訴人の売った商品が欠陥商品かどうかは直接的には関係がない。仮に適法な商品の販売であっても、その勧誘、販売行為が違法であれば不法行為となることは明らかである。

この勧誘責任においては、商品の欠陥性についての認識を問うことは必要でなく、また、具体的勧誘行為の実行者としてその行為事実さえ認識しておれば、その客観的評価が違法かどうかまで及ぶ必要はない。すなわち、自ら行った勧誘行為は当然認識しているのであるから、主観的要素を問題とする余地は殆どないといってよい。

なお、この場合でも、販売する商品が欠陥商品であるという事実は、虚偽の説明や、強引、執拗な勧誘と結びつき易いという意味で、勧誘行為自体の違法性判断の重要な推認根拠事実となる。

(被控訴人の主張)

一  控訴人の当審主張は争う。

二  豊田商事の経営実態について

1 豊田商事は、客が金や白金の現物を希望する場合にはそれを渡していたのであって、ファミリー契約は、これを希望する客との間で締結していた。

2 控訴人は、豊田商事社員の給与が異常に高いことを強調するが、他面、営業社員にはボーナスの支給はなく、また有給休暇もなかったのであって、被控訴人を含む一般の営業社員は、普通のサラリーマンと比較して高額の給与を取得していた訳ではない。

三  被控訴人の勧誘行為について

1 被控訴人が控訴人の勧誘に費やした時間は、最初の日こそ金について十分に説明したため約二時間を要したが、その後は一回につき二〇分程度にすぎない。また、被控訴人は、金は必ず値上がりするとは言っておらず、値段の変動があるので値下がりすることもあると言った。なお、控訴人を豊田商事大阪支店に連れていったのは、控訴人が取引する支店を知っておいてもらうために案内したもので、強引に連れて行ったのではない。

2 被控訴人は、銀行その他の金融機関に控訴人を同行していない。

すなわち、本件で問題となっている昭和六〇年三月七日の純金ファミリー契約については、当日控訴人が来社し、課長とマル優とか税金対策について話し合って純金ファミリー契約に置き換えることにしたというので、控訴人の意思を尊重して深く追及せず、控訴人の注文のとおりに純金一キログラムの契約をした。そして、控訴人が布施の証券会社で現金を都合するのでその会社の前で待ち合わせたいというので、いわれるとおりに待ち合わせをし、外の喫茶店で現金を受け取り、これを会社に持ち帰ったものである。

同年三月二八日の白金ファミリー契約については、控訴人の希望により、同年四月分の賃借料を全額売買代金に充当して白金五〇〇グラムを買い増しするというもので、集金はなかった。

四  被控訴人の故意、過失について

1 被控訴人ら営業社員は、豊田商事の幹部から、会社は政府や通産省の許可の下で、お客さんから預かったお金をあらゆる分野の産業に投資し、そこから得た利益を賃借料としてお客さんに還元していると聞かされていたのであり、被控訴人らは、会社を信じて、堂々と社会に貢献していると信じて働いてきた。

2 被控訴人は、昭和六〇年五月二〇日から同年六月五日まで腸閉塞のため大阪医科大学付属病院に入院したが、この入院期間中に初めて豊田商事の赤字額が四五〇億円であるということが新聞やテレビで報道されていることを知り、驚いて、それ以後はお客さんのアフターフォローに回った。

3 右の時点以前にも、豊田商事のことについて新聞等で報道されていることを知らないではなかったが、会社の説明を信用していたので、これらの報道はいわれなき中傷かデマと考えていた。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一  原審及び当審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、大正九年八月三一日生まれの無職の女性で、肩書住所に夫(現在七一歳)と二人で居住し、主に年金で生活しているものであることが認められる。

一方、被控訴人が昭和五七年一月ころから豊田商事の従業員として営業を担当していたものであることは当事者間に争いがないところ、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、不動産会社の営業マンをしていたが、右のころ新聞広告を見て豊田商事に応募し、一か月の見習期間を経て営業社員(セールスマン)として採用され、約六か月後から大阪市東区内にある大阪支店に配属され、以後昭和六〇年六月に豊田商事が倒産するまで同支店で勤務していたものであること、その間、昭和六〇年二月から五月までヘッドと呼ばれる地位(係長の下で部下は約四名)にあったことが認められ、この認定に反する証拠はない。

二  被控訴人が昭和五七年一二月中旬ころ控訴人方を訪れて金の購入を勧め、そのころ前記大阪支店において控訴人との間で一キログラム分の純金ファミリー契約を締結したのを始めとして、以後何度かファミリー契約を締結したこと、被控訴人が昭和六〇年三月七日控訴人との間で一キログラム分の純金ファミリー契約(以下「本件純金ファミリー契約」という。)を締結し、同日控訴人からその代金等として二一四万〇〇二〇円の交付を受けたこと、さらに、同月二八日控訴人との間で五〇〇グラム分の白金ファミリー契約(以下「本件白金ファミリー契約」という。)を締結し、同日控訴人からその代金等として一〇二万九三七五円の交付を受けたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

なお、〈証拠〉によれば、ファミリー契約というのは、豊田商事から金又は白金を購入した顧客がその現物を手にすることなくこれを直ちに豊田商事に期間一年又は五年の約で預けたことにし(賃貸と称した)、右の期間豊田商事が顧客に対し賃借料という名義で一年当たり一〇パーセント(一年もの)ないし一五パーセントの金員を支払い、期限が来れば現物を返還するというものであることが認められる。

三  そこで、次に被控訴人の責任について検討する。

1  豊田商事の商法について

〈証拠〉によれば、控訴人の当審主張一の1、2の事実(豊田商事の組織と経営実態)が認められる。前掲被控訴人本人尋問の結果中には、「豊田商事は、現物を売るのが原則であり、とくに希望する客とだけファミリー契約を締結していた」など右認定に反する部分があるが、これらは前掲各証拠と対比してたやすく信用できず、他に右認定を左右する証拠はない。

右に認定した豊田商事の経営実態からすると、豊田商事の商法は、控訴人主張のように、いわば会社ぐるみでファミリー証券という欠陥商品を販売していた組織的詐欺行為ともいうべく、それ自体強度の違法性を帯びていたものということができる。

2  被控訴人の控訴人に対する勧誘行為について

前記二で説示した被控訴人の行為(控訴人との間で数回にわたりファミリー契約を締結したこと)が豊田商事の営業行為の一環としてなされたものであることは被控訴人の明らかに争わないところであるが、これをもう少し子細にみると、前掲控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(一)  昭和五七年一二月中旬ころ豊田商事のテレフォンレディーから控訴人方に電話があり、その結果報告を受けた被控訴人がその翌日の昼すぎ控訴人方を訪問したこと、当時控訴人方には控訴人一人が在宅していたが、被控訴人はその控訴人方に上がり込み、数時間にわたって控訴人に対し、金の財産的価値や相場の動向を説明し、「金を持っていると値上がりして得だ。」などといって執拗に金地金(現物)の購入を勧めたこと、その当日は成約には至らなかったが、被控訴人は翌日の午後再度控訴人方を訪れて右と同様の言辞を用いて金地金の購入を勧め、その結果、控訴人は金地金二〇〇グラムを買うことを承諾し、代金七〇万円は翌日に支払うことを約束した。

(二)  その次の日、控訴人が右の購入代金を準備して自宅で待っていたところ、午後三時ころ被控訴人がやって来たが、被控訴人は控訴人に対し、「代金の決済は大阪支店でしてほしい。」と申し向けて控訴人を連れ出し、午後四時ころ前記大阪支店に控訴人を同行したこと、同支店においては、控訴人を応接室に案内し、まず豊田商事の会社施設及び営業内容等を紹介したビデオテープを控訴人に見せた後、被控訴人の上司である営業課長が控訴人を応接し、控訴人に対し、「金の現物を持っていると危険だ。豊田商事に預けると一〇パーセントの賃借料を先に渡すから、他に預けるよりも得だ。」などといってファミリー契約の説明をし、その契約締結を言葉巧みに勧めたこと、控訴人は、右の勧誘によって心を動かされたことと、時間が夕方であるのになかなか帰らせて貰えそうにないことで困惑したこととがあいまって、ついに金一キログラム分の純金ファミリー契約を締結することを承諾するに至ったこと、右の課長の応接は二ないし三時間に及んだが、その間被控訴人は、課長の傍らに同席したり、あるいは席を外して室外に出たりしていたこと、右の純金ファミリー契約の残代金はその翌日被控訴人が控訴人方に集金に行ったこと

(三)  その後、控訴人は、豊田商事及び被控訴人を信用し、数回にわたってファミリー契約の締結を重ねたが、期間が満了した契約についても被控訴人らの勧めに応じて金地金の現物を要求することなくファミリー契約を更新し、また、途中受領した先払賃料も新たな契約のための代金に注ぎ込むなどしたこと

(四)  昭和六〇年三月初ころに控訴人が前記大阪支店を訪れた際、控訴人が被控訴人及び前記課長に対して関西電力の社債及び国債の手持ちがあることを話したところ、同課長が「マル優廃止の関係で、それらを解約してファミリー契約にした方がよい。」などといい、被控訴人も「課長のいうとおりにすれば間違いない。」などといって、交々ファミリー契約にすることを勧めたので、控訴人は、これらの言を信用して本件純金ファミリー契約を締結することになったこと、そこで、控訴人は、同月七日取引先の証券会社に赴いて右の社債等の解約手続をしたが、被控訴人はこれに同行し、右証券会社の近くの喫茶店において、控訴人から右契約の代金等として二一四万〇〇二〇円の交付を受けたこと、さらに、控訴人は、同年三月二八日被控訴人から受領した賃借料をもとにして本件白金ファミリー契約を締結したこと

(五)  以上のようにしてファミリー契約を反復し、被控訴人より受領する賃料等も新契約の資金に充てた結果、控訴人は、老後のためにと夫婦で蓄えていた預金等の殆ど全部を同契約に注ぎ込んでしまい、その実質上の被害金額は総額で約二〇〇〇万円に上ったこと

(六)  他方、被控訴人は、豊田商事に在職した約三年半の期間中に、一か月二〇万ないし三〇万円の固定給の支給を受けたほか、控訴人との間のファミリー契約を含むその営業実績により一年平均約二八〇万円の歩合給の支給を受けたこと

以上のとおり認められ、前掲被控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲控訴人本人尋問の結果及び前記1冒頭に掲記の各証拠に照らしてたやすく信用できず、他に右認定を左右する証拠はない。

右に認定した事実に前記1で認定した豊田商事の経営実態を併せ考えると、被控訴人の控訴人に対する右の一連の勧誘行為は、前記のように組織的違法行為というべき豊田商事の商法を忠実に実践したもので、その一部を分担したものということができるから、被控訴人の行為は民法上違法な行為たるを免れないというベきである。

3  被控訴人の故意、過失について

〈証拠〉によれば、早くも昭和五六年一一、一二月ころには、日本経済新聞、朝日新聞、読売新聞が、「金の現物まがい商法」、「詐欺まがい商法横行」といった見出しで豊田商事の商法及びこれと類似の商品についての被害、トラブルの報道を開始したこと、当初は豊田商事と名指しはしていないものの「大阪市内に本社のあるA社」などと関係者が読めばそれと分かる表現が用いられていたこと、昭和五八年夏ころからは全国の各紙上で豊田商事を名指しでその商法に関する記事が多数掲載された(その内容は、解約等をめぐってトラブルが多発していること、消費者相談・訴訟・告訴が相次いでいること、衆議院商工委員会でも取り上げられたこと、通産省が消費者に対し注意を呼びかけたこと、弁護士らが豊田商事に公開質問状を出したことなど)ことが認められ、また、〈証拠〉によれば、豊田商事の社員とくに営業社員の中には、入社後間もなく会社の採っている勧誘方法に疑問を抱いて退社した者が相当数存在することが認められるのであって、これらの事実に前記一で認定した被控訴人の入社時期、入社前の職業等を併せ考えると、被控訴人は、おそくとも本件純金ファミリー契約及び白金ファミリー契約を締結した昭和六〇年三月の時点においては、豊田商事の商法が違法なものであって顧客に被害を加えるであろうことを認識していたものと推認することができ、仮にそうでないとしても、右のことを容易に認識することができた筈であるものということができる。

被控訴人は、会社の実態を知らされることなく正当な営業活動であるとの幹部の説明を信じて働いていたものであり、このような一従業員にすぎない被控訴人には故意も過失もないと主張し、前掲被控訴人本人尋問の結果中で同旨の供述をしているが、右に認定した事実に照らして考えると、右の供述はにわかに信用できないし、仮に被控訴人がその主張のように、会社幹部の説明を信じていたとしても、前認定の事情の下では被控訴人の過失を否定することはできない。したがって、被控訴人の右主張は採用できない。

4  以上によれば、被控訴人の控訴人に対する前記一連の勧誘行為のうち少なくとも本件純金ファミリー契約及び白金ファミリー契約の勧誘、締結行為は、故意又は過失により豊田商事の違法な商法に加担したものとして、不法行為に該当するということができる。

四  そこで、損害についてみるに、豊田商事の経営が所詮破綻を免れ得ないものであって、昭和六〇年七月一日に破産宣告を受けたことは既に認定したとおりであるから、控訴人は、同年三月二八日当時すでに本件純金ファミリー契約及び白金ファミリー契約により被控訴人を介して豊田商事に交付した合計三一六万三九五円の返還を受けられる目処が立たなくなっていたものということができ、したがって、控訴人は被控訴人の前記不法行為により右同額の損害を被ったものということができる。

五  以上の次第で、被控訴人に対し右損害のうち三〇〇万円及びこれに対する不法行為による損害発生の後である昭和六〇年三月二九日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の本訴請求は正当として認容することができる。

よって、右と異なる原判決は不当であって、本件控訴は理由があるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今中道信 裁判官 仲江利政 裁判官 鳥越健治)

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